VISIONARY READING 三島由紀夫レター教室

舞台

 10月11日 13時からの公演に参加。

 紀伊國屋書店内にあるホールで上演されるのだが、紀伊國屋書店に行くのが久しぶりで本の量、並べ方、人の数に圧倒されながらも感動。各フロアずつじっくり見て回りたいと、目的を忘れそうになりながら4階のホールへ。

 そもそもなぜ見に行ったのか。

 文豪・三島由紀夫の作品の朗読劇。文学の朗読なんてさぞ眠くなるだろうと思いつつも、そうならない工夫がどう凝らされているのか気になったのである。

 朗読劇は津田健次郎のしっとりとした重みのある声で始まった。もうそれだけで期待が跳ね上がる。何気なく入ったご飯屋さんから食欲をそそる匂いがしときみたいだ。

 劇はキャラクターとの会話ではなく手紙のやり取りのみで進んだ。ある人が手紙を書き、それに対して返事を書く。朗読劇でありながら会話をしない。

 セリフ、つまり手紙の文章は実に文学的だった。長ったらしい言い回しや比喩が多かった。しかし、普段読まない文章だからという嫌悪感はなく、新鮮で面白かった。

 文学的な文章が面白いと思えたのは役者の演技によるところも大きい。常に抑揚や息遣い、声色を変えながら読むので、長い手紙の文章も退屈することがなかった。文学的な言い回しが随所に現れ、その度に脳が新しい刺激を受けた。

 特にトビ夫がミツ子に肉体関係を申し込んだ手紙は、ねっとりとした文章で文字だけでミツ子の女性的な魅力を想像できてしまうからこそ気持ち悪い。

 ただ、気持ち悪いだけでなく笑えてしまう。手紙の読み方はコミカルでいわゆるおじさん構文という印象を受けたので面白さ半分、気持ち悪さ半分。気持ち悪さに全振りした演技も見てみたい。

 役者のアドリブにもふっと笑ってしまう。タケルが黒子から渡されるピーナッツを「もういいですよ」と断ったり、ママ子がタケルに向かって吐く場面は意表を突かれた。個人的にはアドリブに感じられたけど、もしかしたら台本通りなのだろうか。

 セリフや演技だけでなく、ストーリーも良かった。年齢も性別も職業もバラバラな5人の登場人物をきれいにまとめ上げていた。尖った個性と尖った個性がぶつかりながらも物語は落ち着くべきところに落ち着いた。

 2時間くらいの公演だったが当初の不安だった睡魔はまったくなく、演技やセリフ、ストーリー、映像に常にわくわくできました。

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