あらすじ
砂糖の歴史で世界の歴史がわかる。
世界史と聞いてどこの国を思い浮かべるだろうか。イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、スペイン……。ヨーロッパの国を挙げる人が多いだろう。特にイギリスは教科書で何度も目にする。世界を動かしていたのはイギリスだった。そのイギリスが世界を動かしていた理由の1つは砂糖。
砂糖の栽培のための大陸を探し、砂糖を作らせる奴隷を用意し、砂糖を作るための植民地を作っていた。歴史の要所要所に砂糖が絡んでいるのである。
この本を読めば、教科書とは違った切り口で世界の歴史を知ることができる。
イギリスでは砂糖も紅茶も作っていない⁉
南北問題の原因も砂糖⁉
砂糖の甘くないヒストリー
こんな人におすすめ!
☑砂糖が世界を動かしていたと信じていない人
☑世界史に興味はあるけど、難しそうと思っている人
☑甘い物が好きな人
要約
砂糖との出会い
ヨーロッパに砂糖が広まったきっかけは十字軍運動からだと推測されている。キリスト教の聖地イエルサレムをイスラム教徒から奪還するために十字軍が7回以上も派遣された。
その中でイスラム世界の科学や医学、文化に触れるとともに砂糖きびの栽培と製糖の技術が伝わった。
砂糖の強烈な甘さと純白さに衝撃を受けたヨーロッパ人は神秘性を感じるようにもなる。希少価値の高さも相まって、薬品として扱われたり、権威や富の象徴として貴族のパーティーで巨大な砂糖菓子が作られたりもした。今日でも残っているウエディングケーキもその名残だという考えもある。
大量生産
人気の高い砂糖は当然高く売れるから儲かる。だが、環境的にヨーロッパで栽培することはできない。温暖な気候と命令が行き届く膨大な労働力と土地が必要だった。
ポルトガルは15世紀にエンリケ王子がアフリカ西海岸に進出、バルトロメオ・ディアスが喜望峰に至り、ヴァスコ・ダ・ガマがインドのカリカットに到達してインド航路を開拓した。16世紀に入るとカブラルがブラジルに流れ着いた。以後、16世紀を通じてブラジルが砂糖生産の中心となった。ポルトガルは労働力の奴隷をアフリカで獲得し、プランテーションと呼ばれる単一の作物のための農園を容易に作れたからである。
しかし、17世紀に入るとオランダが躍進し、砂糖きびはイギリス領やフランス領のカリブ海に移った。ポルトガルがブラジルにしたことと同様、カリブ海の島々も砂糖きびのプランテーションで埋め尽くされてしまった。当然アフリカからの黒人奴隷が大量に投入された。カリブ海の島々では先住民族が消滅して人口構成が一変し、これまでの農業も砂糖きびに取って代わられ、島は激変した。
アフリカ人は奴隷にされ、南アメリカはプランテーションとなったことで他の産業が生まれず社会が発展しなくなったことは今日の南北問題の原因の1つとなっている。
砂糖の普及
広く普及する前の砂糖は何にでも効く万能薬として重宝され、ペストにも効果があるとされていた。また、装飾品として貴族の権威の象徴ともされていた。
砂糖が大量に消費されるようになったのは、17世紀以降で、紅茶やコーヒーと出会ったのもこの時だった。茶の消費が砂糖の消費と深く関わっているが、茶をプランテーションにしたのは18世紀からで、それまでは東インド会社が中国から輸入していた。
紅茶も砂糖と同じで広まる前は薬として使用されていた。17世紀後半から貴族や上流市民の社交場であるコーヒーハウスで紅茶が売られるようになってから「飲み物」として扱われるようになった。ただ、このころでもまだ紅茶も砂糖も高価であったため、一般市民には手の届かないものであり、市民に飲まれるようになるのはもっと先のことである。
元から茶を飲んでいた中国人や日本人は砂糖を入れる飲み方をしていなかったことから、イギリス人かイスラム教徒が始めたとされ、定着したのはイギリスだろう。
イギリス人が砂糖に紅茶を入れたのは「ステイタス・シンボル」のためだった。茶も砂糖も薬品であり、貴重なものだった。それを病気でもないのに飲むということは、見栄を張るためでしかなかった。このころ、商人たちは豊かになっていき、経済力を誇示するようになり、贅沢三昧をしていたことも砂糖入り紅茶の人気に拍車をかけていた。
金持ちの道楽と思われる砂糖入り紅茶、そしてそれを売るコーヒーハウスだが、多くの人が集まるため、情報が飛び交い、議論が生まれ、様々な文化が生み出された。
例えば、王立協会と呼ばれる、ノーベル賞をもらうことと同じくらい科学者にとって名誉な組織もこのときに生まれた。経済にも重要な意味をもたらした。国債や株などの証券類が出回り始めた時代で、株の情報も集まった。また、文学作品の批評も行われ、小説というジャンルも生まれた。
一般市民にも習慣化
産業革命が進むにつれてイギリス人は都市に住み、工場で働く人が増えた。工場での仕事は時間を厳格に守り、作業することが要求される。しかし、これまで農村で働いていたイギリス人は、細かい時間の使い方は個人の自由であったため時間に対してルーズであった。また、職人も「職人気質」と称して個人の自由がかなり認められていた。週末は飲んで二日酔いの月曜日は仕事をしない聖月曜日なんてものもあった。
だらしない働き方を変えたのが紅茶と砂糖である。カフェインを含む紅茶と即効性のカロリー源の砂糖を朝に摂取することで、目が覚めエネルギッシュな状態で働くことを可能にしたのである。また、農村で家族全員で働くのではなく、それぞれが雇われて違う職場に行くようになり、朝食に時間をかけられなくなったことも、すぐに用意できる紅茶と砂糖が広まった要因である。
イギリスと砂糖と紅茶
紅茶と言えばイギリス、と思うくらい紅茶とイギリスは結びつきが強いものだが、イギリスでは砂糖きびも茶も栽培されていない。
カリブ海で砂糖きびを栽培し、アフリカから奴隷を運び、中国から茶を輸入する。イギリスからすれば、世界の端と端を結んで~♪(花の塔)物資を調達している。
現在では、健康志向が強まり、砂糖やカロリーの摂取を控える傾向だが、長い歴史の中で砂糖を消費するイギリスが世界の中核であったことの象徴であったとともに、モノカルチャー経済となってしまった国の影響は現在でも南北問題として色濃く残っている。
総合評価
砂糖1つで世界史の流れを因果関係も含めて掴めるだけでなく、目から鱗の楽しい雑学も知れる良書である。難しい用語はほとんど出てこないため世界史をあまり勉強してこなかった人でも読みやすい。



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